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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)8381号 判決 1972年2月25日

原告

黒川ヨネ

被告

興亜火災海上保険株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告「被告は原告に対し五〇〇万円及びこれに対する昭和四六年一〇月七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行宣言

被告 主文同旨

第二原告の主張(請求原因)

一  (保険契約の成立)

被告は、鳥羽山猛との間で、自家用普通乗用自動車(横浜五五せ八六九、以下事故車という。)につき、同人を被保険者とし、後記事故発生の日である昭和四五年一一月二二日を含む期間を保険期間とする、証明書番号四―四〇四一一三号の自動車損害賠償責任保険契約を結んだ。

二  (保険事故の発生)

(一)  昭和四五年一一月二二日午前四時五〇分ごろ、横須賀市長井町一一七五番地先路上において、川向寛運転の事故車が、ガードレールに激突し、これにより同車後部座席で睡眠していた黒川隆(以下亡隆という。)は、内臓破裂等により即死した。

(二)  鳥羽山は、事故車を所有し、自己のために運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)三条により、右自動車事故により隆及び原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三  (損害)

(一)  亡隆の逸失

亡隆(昭和二一年二月一四日生れ)は、昭和四五年一一月一日から有限会社鳥羽山設備工業に勤務するに至つた者で、本件事故は入社後間もなくのことである。従つて、計算の基礎となる亡隆の収入は、以前に勤務していた有限会社永井設備工業時のものとなるが、同人は、昭和四五年一月一日から同年一〇月三一日までの間合計一〇二万二五〇〇円の収入を得ていたのであり、これを月収にすれば、平均一〇万二二五〇円となる。一方、総理府統計局による昭和四三年全国全世帯平均家計調査報告によれば、月収一〇万円以上一五万円未満の者の生活費は一人当り一万九〇〇〇円とされるから、同人は月平均八万三二五〇円、従つて、年間九九万九〇〇〇円の利益を得ていたことになる。

同人は満二四才であり、就労可能年数は三九年、同年のホフマン式計算による係数は二一・三〇九であるから、結局同人が喪失した得べかりし利益は、二一二八万七六九一円となる。

(二)  原告の相続

原告は、亡隆の実母であり、相続によつて、同人の前記逸失利益金額の請求権を承継した。

四  (亡隆の他人性)

(一)  亡隆は、事故前日、事故車を所有者鳥羽山から借受けた。

亡隆は、川向寛等とともに横須賀市林の友人伊藤宅を訪問することとし、自己が酩酊していたところから、事故車の運転を川向に委ねた。こうして、事故当日午前二時半頃事故車を川向が運転し、亡隆及び川向の内妻斎田京子がこれに乗車して、横須賀中央駅附近から伊藤宅に向つた。亡隆は、右出発後間もなく眠つてしまい、同車が伊藤宅に到着した際、同宅は応答がなく、亡隆はなお車内で熟睡していた。

そこで、川向は斎田と相談したうえ、亡隆に無断で同人を乗せたまま城ケ島まで事故車でドライブすることにし、その帰途、本件事故が発生した。なお、川向は、亡隆が睡眠しているのに乗じ事故車をほしいままに自用に供したわけであるが、そのような利用は亡隆の睡眠中に限るつもりでしたに過ぎない。

(二)  したがつて、亡隆は、川向等が事故車で城ケ島へドライブするにつきなんら関知せず、すなわち、伊藤宅出発以後は運行支配、運行利益が亡隆に帰属していない。よつて、事故発生時には、亡隆はすくなくとも、運転者川向との関係においては)事故車の運行供用者とはいえない。

仮に、事故当時、亡隆が事故車の運行供用者の地位を有するとしても、そのことから、亡隆が自賠法三条の「他人」でないということにならない。すなわち、自賠法三条の「運行供用者」(責任主体)と同条の「他人」(人的保護範囲)との関係は、相互に排斥するものでなく、場合によつては重複することもある。自賠法の「運行供用者」が広く認められるのは、被害者救済を眼目とするもので、その理が逆に被害者救済の範囲をせばめることになるものは、法の認めるところではない。

五  (結論)

よつて、原告は、被告に対し、自賠法一六条により、前記損害のうち、保険金額の限度である五〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四六年一〇月七日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の主張

一  請求原因一及び二(一)の事実は認める。

同二(二)及び三の事実は争う。

同四(一)の事実中、事故車の城ケ島への運行が亡隆に無断である点を除き、その余はすべて認める。

同四(二)及び五は争う。

二  亡隆は、事故車の借主として、自賠法三条の運行供用者の地位を有する。

事故当時、事故車は伊藤宅に向つていたもので、城ケ島へのドライブは単なる廻り道でしかないから、その運行目的は、結局、亡隆の意図と矛盾せず、亡隆の運行利益は喪われていない。

亡隆は、川向が無免許であることを知りながら、同人に事故車を運転させたものであるから、川向の運転中もなお、事故車の運転者たる地位も失わないし、酒に酔い眠つていたにしても、同車の運行支配を失わない。

そのほか、亡隆が事故車の運行供用者の地位を失つたというべき事由がなく、その死亡は自損行為である。

したがつて、亡隆は自賠法三条にいう他人に該当しない。

理由

一  請求原因二(一)及び四(一)(城ケ島への運行が亡隆に無断である点を除く)の事実は当事者間に争がない。

右事実によれば、亡隆は事故車の運行供用者の地位にあつたものといわなければならない。

ところで、原告は、川向がほしいままに城ケ島へのドライブのため事故車を運転したことによつて、亡隆が運行供用者の地位を失つたと主張するけれども、川向が亡隆の意思にかかわりなく事故車を利用するのは、亡隆の睡眠中に限るつもりであつたことは原告の自認するところである。したがつて、仮に、城ケ島へのドライブが亡隆の意思にかかわりないものとしても、川向が事故車を無断寸時借用した域を出ないので、亡隆はなお事故車の運行供用者の地位を失わないというべきである。

二  自賠法三条の「他人」とは当該自動車の「運行供用者」、「運転者」以外の者をいうから、亡隆は一に述べたとおり運行供用者であつて、これに該当しない。

(原告が主張するように、対外的には「運行供用者」として第三者に損害を与えた場合に賠償義務を負うべき地位にあるものであつても、自賠法三条の「他人」として保護を受けるのが妥当と思われる場合もないわけではない。しかし、このように考えられるのは、運行供用者がたまたま事故にあつたというべき場合に限られる。事故当時の運転者に事故車の運転を委ねた直接の当事者である運行供用者が、まさに右運転者に運転を委ねたことの故に損害を蒙つた場合は、自賠法三条にいう「他人」として保護を受けるいわれはない。)

三  したがつて、亡隆の相続人である原告が本件事故により蒙つた損害につき、自賠法三条により賠償を求め得ることを前提とする本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当である。

よつて、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨)

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